2012年1月20日 (金)

なんというか・・・

表現したいものがなかった 
 
進むべき道がわからなかった
 
何をしたらいいかわからなかった
  
 
答えを求めていろんな本を読んだ 
 
雑誌 自己啓発 物語小説
 
それらはただ文字通りの意味でしか無い
 
僕自身の偏見で解釈するしかなかった 
 
だからマイナス思考に陥っていた状態でどれほどの文字を見てもマイナスにしか作用しない
 
この状態がどれほど怖いかは僕の人生が物語っている
 
 

2度の挫折 今年で25歳 フリーター(無職)
 
 
また同じ過ちを繰り返そうとしていた僕を救ってくれた恩師に感謝
 
 
  
 


∧ 
  
 
 
 
 
 
絵に枠組みなんて存在しない
 
それは美術作品と呼ばれるものであったり、ポスター、サブカルチャー、マンガ、イラスト、芸術 なんでもそう
 
作品はただ作品であってそれ以上でも以下でもない
 
自分の意思であったり、表現したいもの・伝えたいものでもあるし
 
自分そのもの
 
そんな作品を漫画だのイラストだの美術だのと決め付けてしまうと、作品の持つ可能性を潰してしまう
 
自分の可能性を 

もちろん説明をするときには便宜上、枠組みというものを借用することは仕方ないと思う
 
問題なのは人間が自分勝手に都合よく作りだした常識的な枠組みという言葉に作品を閉じ込めてしまうこと
 
枠組みを取っ払うことによって新しい何かが発見できるかもしれない
 

 
 
 
∧ 
 
 
 
 
 
相変わらず、絵を描く時間を本を読む時間に費やしています。 
何度も言ってる(と思う)けど、カラッポの頭でいくらモノを考えても、カラッポの回答しか出てこない。 
ならばまずは頭の中を満たす必要がある。 
それは美的センスであったり、”いいもの”であったり、表現・創作の仕方、物語、知識・教養etc… 
これは描いても身につかないもの。 
もちろん描かなきゃ身につかないものもあるけど。
・・・描かないとか言っときながら静物デッサンだけはしているという(ぁ

 
描いていると言うより感じ取る、のほうが正しいかも。 
描いてることには違いないけど、その言葉の意味だけで捉えられてしまうのはちょっと不本意。 
そのものを見極める・頭の中で構築する・表れたものとそのものを感じ取る。 
ひたすらこの作業。 
いや、創作にもなる、かな・・・わからん。
どっちにしろ、それが僕の作品であることには変わりないこと。
習作でも練習でも作業でも、僕の手で生み出したものは全部僕の作品でもあるし、僕自身でもある。
自分の意志を投影するものだから当然

  作品=僕 
 
それを落書きだなんて言うのは作品に失礼だし、自分の顔に泥を塗ってるようなもの。
 
 
よくわからないけど、そこに突破口がある、とも思えた。
  
 

それになにより、屈強な意思や洗練された概念が無いモノを生み出すという責任を負えるほどの人間じゃない。
だから本を読む。  
いつか描くであろう作品を、胸を張って僕の作品であるということを大きな声で、誰に対して見せても恥ずかしくないと言える日が来るまで。
ただひたすら本を読む。
 
ずっと。
 
 
   
 

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2012年1月 1日 (日)

あけましておめでとうございますぅぅうううう!!!

2012年んんんんううっっっぁああああああ!!!! 
 
 

今年もよろしくおねがいします!!!

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2011年12月31日 (土)

2011。

1年をふりかえってみると、一番大きかったイベントは受験失敗、です。
 
大晦日だから更新しようとしたけど全然考えがまとまらない!

考えなしにブログを書けるほどの力は身についていないようです・・・相変わらずアドリブに弱いなぁ。

詳しくは来年に持ち越します。
 
載せられるような絵も描いてないので、それも来年に。
 

 
ざっと振り返ってみると、描き方に悩んだり描くための思考を身につけようとしたり描くためにすべきことを模索してたり、『描くこと』に悩んだ一年だったと思います。 
 
来年は『表現すること』について考えてみようかなぁ、と思ったり。
 
その前に 絵 を 描 け よ ! !
 
ごもっともですorz 頑張ります><
 
 
来年もかわいい子をたくさん描けたら幸せ(*´ω`)
 
 
 
 
なにはともあれ、今年一年間ありがとうございました!
 
色々な方に励まされて、もう感謝感謝です><
 
来年はその恩返しを!
 
ではではみなさん、良いお年を!!!

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2011年12月28日 (水)

先入観。

星空は綺麗。
 
夜景は美しい。

雪は幻想的。


この気持を抱いたのは本当の自分?それとも先入観?
 


今まで『いいもの』と思っていたものが誰かに与えられた情報によって解釈していたと思っていたのかもしれないと感じた瞬間、モノの見方というものがわからなくなった。

  
 
なんで星空が綺麗?

なんで夜景は美しい?
 
なんで雪は幻想的?

 

『それ』を見て僕は、何を、どのように、感じたんだろう・・・  

 
 
 
 
 
 
 

そんなことをキセルふかしながら星空見上げてふと感じた冬の夜。

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2011年12月24日 (土)

イヴ。

と、いうことで

 

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ルシアさんへプレゼントォォオオオオ!!
 
いつもありがとう!これからもよろしくぅぅぅうう!!


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2011年12月21日 (水)

教養。

教養を身につけろと言われても、なぜそれが大事なのかがわからないままいろいろな本や雑誌を読んできましたが、今回はそのことについてちょっと考えてみます。

 
まず教養ということば自体を調べてみてそれぞれのサイトで定義の差が微妙にあったけど、一言でいうならば色々なものを理解・創造するのに必要な知識や常識、ということ。
絵を描くことには直接的には全く関係ないものだけど、今となってはこれが本当に重要なんだなと思う。
今現在塾でやってる作品を作るために、宗教や日本人が日本人として在るのはなぜか、というのを勉強しています。
もちろんこれだけを勉強しても作品を作れるわけではありませんが、最低限これを知らないとお話にならないので勉強しています。
こんなことを勉強しなくても絵が描ければ作品を作れるから別にいいじゃん!。。。と、昔の僕なら言っていました。。。が、勉強をしてその成果を作品の中に取り入れないといい作品にはならないだろうな、という感じがします。直感です。
絵の中にそれを描いた意味を入れる必要性がある理由は、意味がある方が無い方より強いから。美術作品を作るから。いいものを作りたいから。だから入れる。

 

ここでちょっと1例を。2枚の全く同じ絵が並んでるとします。媒体・描き方・見え方・飾り方も全く同じです。
これだけの状態なら2枚の絵は全く同じものだと認識するので、2枚とも同じような感覚で見るはずです。
ここで一つの情報を与えてみます。右の方は本物の作品で5億円、左の方は贋作で5万円。
この情報を得た瞬間に、2つ作品の見方が変わってくると思います。当然本物である右の方がいいと思うようになると思います。


この例では『お金』という金銭的な価値を絵の中に入れてみましたが、もちろん世の中にある美術作品はこの場合ではありません。
描いたモチーフ・描き方に何らかの意味があり、それに美を見出して作品に入れることができたから美術作品になって評価されて、その後にお金の価値というものが付随した、と思うのです。
語弊を恐れずに一言で言ってしまえば、宗教画等はモチーフに、印象派等は描き方に意味を見出して美を表現した。こんなところでしょうか。
 

絵という、ただ単に画面上に絵の具等で描かれた平面上の物体であるにもかかわらず、意味があるだけで全く違ったものに見える。
逆に言えば、意味を入れるだけで全く違うものにできる。
そしてそれを美しいと思わせなければならない。

これこそが(僕が思う)美術。
 


・・・なんか前にも言ったことがあると思うけど気にしない(オィ 

 

確かに絵をどのように描くこともとても大切。 絵が描けなければ表現できないし、上手い絵と下手なのどちらがいいかって言われたら上手い絵のほうがいいですし。
でも世の中には下手だからどいいっていうものがあるから一概には言えないけど。。。

というか絵描きは絵が描けて当たり前であって、絵が描けない人は絵描きとは言えない(と思う)。
だからそのためにも頑張るけど、最終的な目的はそこじゃない。
僕にとって絵とは感動させれるのが最大の目的。 
そのために何を・どうして”それ”を描くのかが重要なのですが。。。なかなか答えが見つからなくて、今の最大の悩みの種となっております。色々本を読んだりしているのですが、いかんせん教養が足りなくて。。。

 
ここでようやく今回の本題である教養の出番です!(前置き長っ!)
 
 

教養というのが創作するための知識であるならば、知識は教養の一端を担ってるだけです。
大事なのは、知識をいかにして創作に応用できるかどうか、ということです。

イラストに限らず美術作品は答えがないものだけど、いってしまえば全てが答えになってしまう。
いいものも悪いものも含めて。
だから頼りになるのは自分のセンス。
これが悪いようじゃ悪いものしかできない。
だから磨く。
なんだけども・・・これのほとんどは表面的に描かれている画面情報だけの話であって、意味・概念的な要素を左右するものではないのです。

絵の中に含まれている意味(概念)を強くするためには、全てに意味を宿らせる。
例えば、戦いに赴く絵を描きたいなら武器を持たせたり、敗れたなら武器を壊す、と言った感じですね。簡単。
でもこれじゃ簡単すぎるので、なぜ”その”武器なのか、といったように、さらに強い概念を持たせようとすると武器のことを詳しく調べる必要が出てきます。
例えば、”その”武器は何年頃、どこの場所で、誰によって、誰のために、何のために、作られた当初はどんな目的で作られたか、と言った感じです。
ここで得たものは知識であって、まだ教養じゃありません。
知識を使って、”その”武器を描く必然性・描くための答えを見出す必要があります。
この答えを導き出すために必要な知識を得たり考えたりするのが教養なのかな、と思いました。

もちろんこれの答えには答えが決まっていないので、教養があろうとなかろうと関係ないとも思いますが、教養がある人のほうが無い人よりいい結果になりやすいはずです。
色々な方面から答えを探ることができ、より強固な概念となるので。
 
 
 

その教養を元に導きだした答えを描くことを描写、または表現する、といったところでしょうか。
そしてその表現したものを提示するまでに至る過程全てを創作、と言えるかもしれません。


こういうふうに考えると、教養は創作をするために必要だと思えてきます。 
もっともっと教養をみにつけるるうぅうう!

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2011年12月19日 (月)

描き方。

デッサンの描き方を初めて注意された。とっても乱暴らしい。
絵チャでご一緒した方は知ってると思うけど、あんな感じでデッサンもしてます。
そりゃ注意もされるわけだよ。。。大事に扱ってないんだもん。モチーフも画面も。
 
ちゃんと見なおそう。そうすれば何かをつかめる気がする。
 
それじゃあ気持ちを込めて描くとどうなる・・・?

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2011年12月 7日 (水)

本音。

自分をさらけだすって怖い。でも、言ってよかった。先生ハンパねぇ。
 
まずは表現したいものを定める。そんでもって何がいいのか、何が美しいのか、どうしてそれじゃなきゃダメなのか、なぜそれによさを見だすのかを知る。考える。そしたら手法に囚われずに無理せずシンプルに無茶をして具現化する。本末転倒にしない。そんでもって僕にとってワケのわからん気味の悪い美術(?)をぶち込む。

 
表現したいものは幸せ。笑顔とか、身近な幸せだとか、そういうもの。
画面の中でしか生きられないなら、笑っていて欲しい。
それに僕が救われたんだもん、多かれ少なかれ必ずそういう人はいると思う。
たとえいなくてもやるけども。所詮自分勝手ですし。腹の足しにもならないし。
だからと言って完全に必要じゃないものでもない。あえていうならば必要悪ってやつ。
これがあるから社会は回ってる。どうしても娯楽って必要だと思う。
ある種の逃げ道。すがるもの。心の支え。
全ての人に機能するわけじゃないけど、伝わる人にだけ伝わればいい。
じゃあ何で表現するのか。もちろんエルフっ子。
詳しくはツイッター参照ってことで。
幸せってなに?ひとりひとり違う。
即物的な物によって満たされる人もいれば、心理的なものに満たされる人もいる。
心が満たされるかどうか。感動するかが鍵。
感動ってなんだろう 心が揺れ動くこと
どうして揺れ動く? 予想外なことが起きたから
どういう? 自分の価値観では見えなかったものが見えるようになった
何が見えた? 新しい物・モノ・もの 概念 突拍子も無いもの
具体的には? カッコいいもの
カッコイイものって? ジャキーン!とか、ズキューン!とか、ギュィーン!とか。
は?  流線型 琳派 リズムや流れがある 武骨 頑丈そう スタイリッシュ スマート エキサイティング とんがってる まんまる 統一感がある 
舞台は? あえて言うならファンタジー。
ファンタジーって? 何でもあり 魔法もモンスターでもなんでもあり。 普段の妄想を具現化できることを説明できてしまうすんごい舞台。絵でしか表現できないことをできる。やる。遠近法無視 ワープ 色面分解 異形
幸せの反対は不幸。切っても切り離せられない
孤独 枯渇 障害 どうしようもできないこと  寂しさ 

 

殴り書きしてみたけどなんだこれ。曖昧すぎるしわけわからんわ。。。
 
何がいいのかがわからないのが最大の問題。ってか無い頭で考えてm(ry

決めないと描けない。描いちゃいけない。

今の僕にとって描くことは逃げること。迷走はまだまだ続きますが、創作活動頑張ります。

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2011年12月 4日 (日)

美術。

以下、僕個人の超個人的解釈。話半分に聞ける人だけどうぞ。

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無いものを美しく在るものとして表現するための術が美術。

この世に存在しない新しいモノを生み出すのが創作。
 
それは概念というものであったり、光学的に見える物でもある。
 
その物によってそれ以外のものを生み出し、その物の見え方を全く別の美しいモノに置き換える・操作する・提供することが美術における創作。 
 
 

受験用のデッサンと美術は全くの別物。
 
技術力と美術は全くの別物。
 
いくら上手なものであっても、面白いものでも、綺麗なものであっても、そこに美術的な概念がなかったらすごくチープなものに見えてくる。
 
言うなれば、ハリボテそのもの。
 
美術的な表現をするために必要最低限の技術力があればそれ以上いらない。
 
もしくは技術力なんていらないのかもしれない。
 
下手なものであっても強靭な概念がそこに含まれていたのならハリボテなんかよりずっといい。
 
上手なものでチープなものであったのなら見るに耐えないし憐れみさえ感じる。

 
 

だからと言って技術力が全くいらないという話でもない。
 
少し前に超リアリズムの絵をどうでもいいと言っていたけど、今思えばそうじゃなかった。
 
あるものをあるがままに描いているだけならどうでもいいけど、もしそこに美術的な概念が含まれていたのならそれは立派な美術ではないだろうか。
 
例えば人物画。
 
人物をただ描くだけだったらその人の写真を精密に描けばいいだけの話。
 
だけどそれを描くのにその人の生き様・部屋・性格や、その方がそうであったと思われるもの創り上げた義手・その方の両親のデッサンなど、その人を取り巻くすべてのものがどうしても必要だとするならばその行為は間違いなく美術。
 
光学的に見える人物以外の目に見えない何か別のモノを描こうとしている・表現しようとしているのだからそれは美術における創作行為である、と言うことができるのではないだろうか。
 

 

今まで美術というものは知識で理解してたけど,1つのきっかけで本当に理解できた。
 
その瞬間、体が震えた。

頭でわかっているだけじゃ本当の理解じゃないってことも身をもって知った。

最初から答えを先生に教えてもらっていたのに。
 
今ならわかる。先生の言っていたことが。
 
バラバラだった知識のカケラが気持ちいいくらい素直に収まってくれた。
 
気づけた理由は、受験に失敗したから。 

いままでも先生の言葉を聞いてきたけど、それは受験には関係ないと心のどこかで思っていたし心を閉ざしていていたから心の中に素直に入って来なかったと思う。
 
もし受験に合格していても、それは多分入って来なかったと思う。
 
大学に行けばなんとかなると少なからず思っていたから、素直に聞けなかったはず。
 
受験に失敗したからずっと創作をしていく覚悟ができ、本当にそれを欲していたから気づけた。

・・・とか言いながら落ちた理由を正当化しようとしているボクガイル

まぁ結果が全てだから、落ちたのも僕の実力。 
 
どうなるかはわからないけど、しばらくは受験しない。 

それに今思えば塾に通いだしたのは美大に行くためじゃなかったしね。 
 
ただ純粋に絵を学ぶためだったから。
 
美大に行けるだけのデッサン力が身についたから受験しただけのこと。
 
気がついたらその手段が目的になっていたのは僕の落ち度。

 


 

  いい夢見させて頂きました。
  
 
 
 
 
 
 
 

以下、これからのこと。
 
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もしこれから少し後に漫画家のアシスタントになれるとして東京に行ったとする。
 
そしたら技術力が身につくし、現場の仕事・編集者とのやり取り・コネクション・絵がお金になることなどプロレベルの絵仕事に関しての様々な情報を得ることができるし成長することもできるいいことづくめ。 
 
でもそれは技術力関連だけのことであって美術や創作についての勉強ではない(と思う)
 
後者を学ぶためにはワークショップとかがあると思うけどお金がかかる。(もちろん無料の講座もあるだろうけど、果たして充実した内容かどうか・・・)
 
それらは東京に行けばいつでもできることであって今しかできないことじゃない。
 
今しかできないことは、今まで通い続けた画塾・今まで働き続けてきたバイトを続けること。
 
今まで続けることをして来なかった人生だから続けることを体に覚えさせる必要があるのではないか。

そうしないと絵も・・・
 
それは想像できないししたくないけど。
 
 
 

それに、世界で活躍して実績も力もある芸術家のもとで美術や創作を勉強できる機会は今しかない。
 
この人についていけばなんとかなると思えた。
 
もちろん受身で教えを乞うつもりは無いし、美術の世界に飛び込むわけでもない。
 
ちゃんとイラストも勉強するし、創作もするし、美術もやってみる。
 
すべてはイラストのため。
 
サブカルばたけのイラストレーターじゃなくて、美術ばたけのイラストレーターになる。 
 
普通と違ったことをしないと普通じゃないものなんて生み出せるはずがない。
 
もちろん普通なものもしっかり勉強した上でオリジナリティーを追求する。

イラストレーターというより創作家のほうがしっくり来るかも。
 
 


だから大学に行かない代わりにあと2年くらい先生のもとで勉強する。
 
実家にはもう居られないから塾の近くに住む。
 
そういう約束のもとでの受験だったから。
 
今年度中には引っ越したいけど、少しお金を貯めてから。
 
  

だいたいこんな感じでこれから頑張っていこうと思います。
 
最後になりましたが、応援メッセージありがとうございました! とても励みになりました><
 
 
よし、やるぞ!!!!

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相棒。

今までありがとう。

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使うときがあるのかはわからないけど、これからは創作の方でよろしくたのむわ。
 
とりあえず明日(今日?)のアマゾンがんばっていこうな。
 
 
 
  
 
 

・・・通販じゃないです(おぃ

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