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2012年5月26日 (土)
2012年5月20日 (日)
モノは使い様。
線画の時はクラシックペン、色塗りはグリップペン。
グリップペンはもう使わないと思ったけど、細かい作業じゃなければ意外とデキる子。
筆圧(握り圧?)がめっちゃ強いからクラシックペンだと指が痛くなるけど、それがないから嬉しい限り。
人間工学に基づいて作られているだけのことはあるってことか。
持っていなけりゃ気付けないし、知らないということは損。
何事にも言えること。
・・・SAIを使えない僕は損してるのかorz
セルシスさん頑張ってぇぇえええ!
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2012年5月13日 (日)
忘れていたこと。
そのものを描く。
具象絵画だから『それ』を描く。
カタチをとる。コレが最初のステップ。
もちろんカタチが狂ってても雰囲気を描けていて表現できていて絵になっていれば『正しいカタチ』なんてものはどうでもいい。
でも僕はカタチもちゃんととりたい。
でも写真のように描くのではない。
カタチはしっかりとって『絵』を描く。
精密に描くけど精密にうつしとらない。
カタチにこだわる理由の1つは説得力。
ちゃんとしたカタチであるものと無いものとでは、そのモチーフがそれであることを説得するための力が違う。
その説得力を使ったうえで写真には出来ないことをする。
僕はやらないけど、1つの答えとしては印象派の絵画。ああいう感じ。
デッサン力を駆使して絵を描く。デッサンをするんじゃない。想定デッサンでもない。
『絵は記号』 これも間違いではない。アニメーターの人はコレを覚えなくちゃ仕事にならないし。
でも記号だけだと絵じゃなくて記号になる。記号は誰にでも簡単に認知できて大多数の人とそれを共有できるもの。
例えば道路標識の「止まれ」
僕はコレを見るたび、こいつに逆らうとヤバイなと瞬時に思う。
赤くて鋭角。そして止まれと命令までしてる。明らかにこいつは怒ってる。
僕がやろうとしてるのは記号のように誰にでも認知してもらわなくてもいいもの。
自己解決していれば問題ない。
誰かのために描いている、というのはとても聞こえがいいけど、そんな綺麗事はクソ食らえ。
ただ自分のためだけ。
でも独りよがりとは違う。
独善。
記号や標識のように答えは一つだけではないものを描いている。
どのように解釈してもらっても構わない。
切り捨ててもらっても構わない。
人に期待するのはもう辞めた。これ以上傷つきたくない。
切り捨てるのは僕を必要として欲しいという裏返し。
2次元は裏切らない、という言葉は的を得てる。
人は簡単に裏切るから。僕も裏切ってるからよく分かる。
ある日突然交流をバッサリ辞めることが多々ある。リアルでもネットでも。
現実逃避と言われても構わない。キモイと言われても結構。
だって絵が裏切るはずがないんだもん。裏切るのはいつだって人。
だから絵が好き。だから僕のやりたいようにやる。だからデッサンをする。だからクロッキーする。だから画力を高める。だから具象絵画を描く。だからキャライラストを描く。だから美術も写真もなんでも勉強する。だから練習だってする。だから嫌いな絵だって見たり描いたりもする。
すべては絵のため僕のため。他の誰のためでもない。
だから僕は絵を描く。
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2012年5月11日 (金)
描写力より大切な。
誰かが言ってた言葉。
「デッサンできても、最後に『バランス』の壁があった。」
まさに今、この子が猛威を奮ってます。。。
細部は描写力&技術力のゴリ押しでどうにかなるけど、バランスだけはどーにもならん。
この部分が定めた基準よりどの位置にあってどの角度でどの大きさでどこに力が入って抜けているかを理解して描写するのは簡単。
問題なのはこの紙の大きさでこのモチーフの雰囲気を汲み取って縦横高さの比率を崩さずに、あるいは崩して、どのくらいの大きさでこの紙のどの位置に配置すれば描いているもの・画面が醸しだす『感じ』を表現できるのかを感じ取ること・描写することがスムーズにいかない。
問題がわかった以上、絶対に乗り越えられる。
これは今までずっと逃げてきたこと。
細部の描写も逃げてるから立ち向かわなくちゃいけない。同時進行で頑張ります。
辛くない練習は練習じゃない!
(楽しくないわけではないです。)
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2012年5月 9日 (水)
2012年5月 8日 (火)
2012年5月 5日 (土)
2012年4月21日 (土)
救い。
3Dのポーズ人形(QUMARION等) 小物 背景
これらの発達によって絵を描かなくても絵を描ける時代になってきた。
トレスすればいいからデッサン力なんて必要ない。
それでも絵を描く理由とは何か。
これがわからなければ絵を描く意味が無い。
1つの答え
僕としては、無いものを描くことが大前提。
だから3Dとして『有るもの』を描いても創作にはならない。
『完成されたもの』は3Dにまかせればいい。
線の表情 あり得ない構図 描く人の癖 紙媒体という平面の面白さ
味は機械には出せない。
それを出すのが、描くことの意義。
サブカルチャーは1つの宗教
マンガやアニメといったそれぞれの作品は宗派
キャラはこの世に存在しない、想像上の完璧な存在ーーー神様
それを具現化したイラストは宗教画
フィギュアは偶像崇拝
アニソンは聖歌
そんなことはどうでもいい
それらは僕の心の拠りどころ。
そうあればいい。
そうであればいい。
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